不幸でいる自由、不幸でいる権利

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こんにちは、楽しいこといっぱいして生きる自分にシフト中のノ~チンです(*´∀`*)。

 

今日は、中学時代から母の愚痴を一生懸命聞いていた自分へメッセージを書いてみます。

いま、自分にとって大切な人の愚痴を一生懸命聞いている人がいて、そのことで悲しくなったり、苦しくなっている人がいれば、その人にも届けばいいなと思うメッセージです。

自分の大切な人が不幸だったら

自分の大切な人が不幸そうだったら、何かしてあげたいと思うと思う。

その人が自分にとって近しい人、例えば親だったりすると、その気持ちはなおさら強くなる。

話を聞いてあげているあなたは、とても優しい人だね。

 

一生懸命話を聞いていても、状況が改善されない感じがする?

そしたらね、もしかしたら話を聞くのを止めてもいいってことかもしれないよ。

一生懸命話を聞くことがその人の気持ちを楽にしてあげられる、ひいてはその人の幸せにつながるって思ってるんだよね?

でもね、とても残念なことなんだけど、あなたがその人を幸せにしてあげるのは、99%無理だと思う。なぜなら「幸せ」は「感じるもの」だから。

人には不幸でいる自由があるし、不幸でいる権利もあると思う。

 

その人は大変そうで、どうにかしてあげたいと思うかもしれない。こうしたら、よくなるってアドバイスをしてあげたいと思うかもしれない。

でもね、その人にとっては色々と悩むことが必要な時期なのかもしれないよ。

大変なことや不幸なことをいけないことだと思って、取り除こうとすると、かえってそのことに意識を向けてしまうことがある。

その人がいま不幸そうでも、それは永遠には続かないから。大丈夫。

 

あなたがすべきことは、その人を幸せにすることじゃないよ。

大切な人が大変そうであっても、一緒に大変にならず、自分自身が幸せを感じられるようにいることが大切だとわたしは思うよ。

その人のことが気になって、思いっきり楽しいことをできない気分になっているかもしれない。

でもね、あなたが幸せを感じることはすごくすごく大切なこと。

だって、人は自分自身でしか幸せなれないから。

それはあなたもあなたの大切なその人も同じこと。

その人が幸せを感じよう、と思ったそのときその人は幸せを感じられるようになるんだよ。

 

愚痴だってね、嫌だなって思うときは聞かなくていいんだよ。

というよりもいつだって聞かなくてもいいの。

 

もし、あなたがその人に何かをしてあげたいと思っているなら、その人に聞いてあげるといいかもしれない。

「わたしに何かできることある?」って。

小さなカウンセラーだったわたし

わたしは、お母さんの愚痴を一生懸命聞くことが、わたしにできるお母さんを楽にしてあげられることだと思ってた。

だから、一生懸命話を聞いたよ。

でもね、いま考えると、お母さんから「話を聞いて欲しい」と言われたことは一度もなかったの。

これを書いていて気が付いたよ。

お母さんから「話を聞いて欲しい」と頼まれたことは一度もなかったよね、わたし。

ごめんね。勝手に愚痴を聞くことが、お母さんを楽に、楽しくしてあげる手伝いになると思ってて。

お母さんのためを思って聞いていたけれど、実際は、愚痴を言い続けることによって、お母さんにその問題を意識させる結果になっていたのかもしれないね。

 

もし、いまあのときに戻れるなら、お母さんにケーキを買って来てあげて、一緒に食べたかもしれない。

もしかしたら、それはそれで「そんなの勿体ない」って言われたかもしれないけれど(笑)。

 

愚痴を聞くよりも、お母さんが楽しい!って思えるような何かを一緒にしようって誘ったかもしれない。

いま思うと、それの方がきっとお母さんにとってよかった気がするよ。わたしにとってもね。

いまは、お母さんが楽しいと思うことをやってくれていて、わたしは嬉しいよ。

もっともっと楽しいことをたくさん、やっていってね。

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プロフィール

このブログを書いているノ~チンです。
慶應義塾大学 環境情報学部卒業。高校のときに1年間アメリカに留学。
TOEIC 985点。英語が好きで翻訳会社に就職。
1998年に共訳で『WindowsNT レジストリーガイド』を出版。
2006年に自営で海外向けに商品の代理購入、発送する仕事を始め、仕事を通して、世界20ヶ国以上の国に友達ができる。

簡単!カジュアル英語」では簡単な英語のフレーズについて、「日本文化」では日本文化を英語で説明しています。
詳しいプロフィールは「こちら」をご覧ください。

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